禁:ハイパーサーミア

 ハイパーサーミア(温熱療法)というがんの治療法があります。でも、私は「あります」ではなく「ありました」という過去形が正しいと考えています。日本でも昔はそれなりに試されましたが、臨床に役立つ効果は期待できず、皮膚などに障害がでる危険性が高いのです。

 ハイパーサーミアは、今から30年くらい前に、がん治療医の間でブームになったことがあります。実験室の試験管の中で調べると、がん細胞は正常細胞よりも熱に弱く、42-43度くらいに温度を保つと、がん細胞は死んでしまうのに、正常細胞は生き残るという現象が確認されたのです。生物学的治療として期待されました。

 しばらくの間は、多くの大学病院やがん専門病院で試されました。中には、放射線治療や抗がん剤の治療と同時に行うと、暖めた部位に限って多少は良いかもしれない、という報告を出した施設がなかったわけではありません。でも、大半の施設ではすぐに止めてしまいましたし、大きな臨床研究で無効という結果もたくさんでました。

 私も30年くらい前に、慶応義塾大学の放射線科にいたときに、同僚が実験しているのを見たことがあります。しかし、「生物の体内の一定の部位を42-43度に保つ」と口に出して言うことは簡単ですが、現代の科学では、これは全く不可能なのです。

 お湯で暖める方法や、電子レンジと同様の電磁波で暖める方法などいろいろな施設で研究されました。でも、基本的に哺乳類の体温は通常一定に保たれています。これは、豊富な血流によって維持されているのです。たとえ皮膚の表面をきっちり43度にしたところで、数ミリですぐに温度は下がります。1センチ下ならもう平熱です。もし皮膚から1センチ下を43度にしようとしたら、皮膚は火傷をしますが、皮膚から1.5センチ下は平熱です。要するに、人体と試験管は全く別物なのです。

 ハイパーサーミアと似て非なる治療に、ラジオ波焼灼という治療法があります。これは42-43度という微妙な温度ではなく、ターゲット内のすべてのタンパク質が凝固壊死を引き起こす高温で焼き切る治療です。ターゲット内であれば、正常細胞もがん細胞もみんな死んでしまいます。

 ただ、ターゲットから少し離れた所にがん細胞が存在していると必ず再発します。ラジオ波焼灼術のあと再発した乳がんの患者さんを何人か放射線治療した経験がありますが、乳腺内の再発はなんとか押さえ込めても、その後、全員に臓器転移がでました。あまりに高率なので、ラジオ波焼灼では、がん細胞周囲の正常細胞がすべて破壊されてしまうため、血管やリンパ管が壊れ、転移しやすくなるのではないか、と推測しています。

 いずれにしても、ラジオ波焼灼は毒にも薬にもなる治療法ですが、大きな危険も伴うので、医師でなければ絶対にできない治療です。これに対して、ハイパーサーミアは、インチキな物であれば、あやしい民間療法の施設でも行っているかもしれません。

 最近、皮膚炎が強く出たり、PET-CTで不思議な部位に炎症がでたりする患者さんを時々経験するようになりました。オンコロジーの患者さんでハイパーサーミアと称した治療を受けている人がいるという話も聞いているので、とても心配しています。

 禁:ハイパーサーミア!!  

 オンコロジーの患者さんの鉄則にしたいと思います。