真の賢さを目指して

 医学の世界にエビデンスという言葉が浸透して久しいのですが、初めは真実に近づくために有効と思われたこの言葉が、間違った利用のされ方をして、患者さんを真実から遠ざけてしまう場合が多いことを実感しています。
 
 具体的な事例については「明るいがん治療3」や「抗がん剤治療のうそ」にも書いたのですが、臨床試験の解釈の間違いに医療従事者が気づかないことや、本当は気づいているのに何かに忖度して正反対の行動にでることが主要な原因になっており、ひどいケースではデータの改ざんやねつ造も行われています。

 そもそも臨床比較試験が医学データとして重宝がられるようになったのは、科学的に正確な結果にたどり着ける可能性が高いと多くの専門家達から認識されたからです。 例えば・・・、

「関東のA病院で治療した乳がんの患者さんの長期生存率が60%」
「関西のB病院で治療した乳がんの患者さんの長期生存率が80%」
というデータがあっても、B病院の方が優秀とは限りません。

「A病院は進行がんが多く、B病院は早期がんが多い」
「A病院は10年間のデータ、B病院は5年のデータ」
「A病院は戦前のデータ、B病院は最近のデータ」
「A病院は数百名のデータ、B病院はわずか数名のデータ」
などなど、上記の記載だけでは、諸々の可能性が入り込む余地があり、もしも、様々な背景因子に実際にバラツキがあるならば、比較すること自体に意味がないからです。

昔から教科書には、リンゴとミカンを比べるなと記されています。
誰にでも、わかりやすいですね。

 その点、臨床比較試験では、一定の期間に一定の患者さんを集めて、背景因子にバラツキが生じにくいように、くじ引きや乱数表で患者さんを振り分けますので、一見とても公正なデータになりそうな気がします。しかし通常、利害関係者の関与のもとで行われていますので、その解釈には十分な検討と吟味が必要なのです。

 ところが、最近の医療従事者の多くは、臨床比較試験の内容を吟味することもなく、結論や結語だけをたくさん丸暗記して優秀になったつもりの「賢いつもりのお馬鹿さん」という残念な人が増えています。だから、臨床比較試験を実行する側に、利害関係や忖度、場合によっては悪意があると、簡単にだまされてしまうのです。

 先ほどの関東のA病院と関西のB病院のデータがいずれも、同じ時期に、同じステージの乳がんの患者さんを、それぞれ百名ずつ治療して、きちんと10年間経過をみてから発表されたものであるのなら、そしてデータがねつ造されたものでないならば、臨床比較試験でなくても、その結果を尊重するのは真に賢い判断です。

 臨床比較試験以外のデータはエビデンスのレベルが低いと、どこの誰が言おうと、賢い患者さんはB病院に押し掛けるでしょう。

 確かに、「リンゴ」と「ミカン」を比べるのは「お馬鹿さん」でしょうが、苺の「トチオトメ」と「アマオウ」だったり、お米の「ササニシキ」と「コシヒカリ」なら、味や値段など比べて評価するのは自然でしょうし、それをするなという方が「お馬鹿さん」です。

 それに、そもそも、「リンゴ」が「ミカン」より好きだという人に向かって、比較するなと言う人がいたら、それこそ本物の「大バカ」ですよね。本当に、真の賢さとは何なのでしょうか。

 さて、このような議論を再度展開したのには理由があります。

  オンコロジーで治療した乳がんの患者さんの長期データを、1年がかりでまとめたのですが、再発転移がとても少なく、生存率がとても良いのです。

 近々、ホームページでステージ1の乳がん患者さん、つまり世界中の先進国で「2センチ以下の浸潤がんでリンパ節転移無し」とされている均一なグループについて発表します。

 それ以外のステージについては、オンコロジーで治療を受けた乳がんの患者さんの有志が主体となって、新しい本の出版を企画してくださっているので、そちらの目玉企画になろうかと考えています。

 四月の初旬には、手術しないで、薬物療法に頼らないで、ステージ1の乳がんが、オンコロジーでどれくらい治癒しているのか、お知らせする予定です。

 もちろん、臨床比較試験ではなく、一施設の一定期間のデータの集積です。そこにどのような価値を見いだせるのか、真の賢さが問われるポイントかもしれません。

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