「免疫療法」の落とし穴

 私が、免疫力という生命に付随する不思議な能力をとても重要視していることは、オンコロジーの同窓生ならよくご存知だと思います。元気に生きていくためになくてはならないもので、がんが治るかどうかの重要なカギを握っているとも考えています。

 しかし、これは「免疫療法」の勧めでは決してありません。むしろ、私は免疫療法をあまり評価しておらず、自分から患者さんに勧めたことは一度もありません。三十年以上もがん治療医をやっていますが、これまで免疫療法を受けて本当に良かったなと感じた患者さんを経験したことがないのです。

 これは抗がん剤やホルモン剤と大きく異なるところで、抗がん剤やホルモン剤の場合は、非常に比率は低いものの、明らかに薬物療法で寿命を延ばしている患者さんを何人も知っています。だから、必要だと考えた場合、効果を確認しながら使っています。

 ただ、放射線や薬物療法で完治しない患者さんも大勢いますので、免疫療法を受けてみたいと希望する人には、ことさら否定することまではしていません。ですから、私が治療に関わった患者さんで実際に免疫療法を受けた方の経過も大勢知っています。

 これまで診てきたほとんどの方で、私の免疫療法に対する評価は「功罪ともに認めず」でした。しかし、過去に数名、免疫療法を受けたことが大失敗だったと判断せざるをえない患者さんを経験しています。それまでの経過からは考えられないほど、短期間で驚くほどの多発転移が広がっていたのです。

 昨年あたりから、そのような残念な患者さんが増えている印象がありますので、医学的に警鐘を鳴らしておきたいと思います。

 現在の医学では免疫というものが解明し尽くされていませんので、免疫療法という言葉自体にもブラックボックス的なニュアンスがあります。だから、そこにつけ込む不埒な輩もいるのだと思います。ここでは、はっきりしていることだけを解説しておきます。

 免疫療法と呼ばれるものは多岐にわたりますが、大きく分けると、自分自身のがん細胞や血液などを材料とする本質的なものと、自身の身体と無関係な物質(医薬品や健康食品など)を用いて行うものがあります。がん細胞がひとり一人異なることを考えますと、本来、後者は免疫療法と呼ぶに値しないと思いますが、なぜか世の中には氾濫しているようです。

 私が知る、残念な結果になった方々は皆、自分自身のがん細胞や血液とは無関係な、何かしらの医薬品や健康食品を利用する療法を受けていました。それ以外にも、身体を暖めたり冷やしたり揉みほぐしたりもしていたかもしれませんが、大きなマイナスの原因は、それらの医薬品や健康食品であったと考えています。

 薬品にせよ食品にせよ、何かしらの物質が患者さんの体内に取り込まれると様々な変化や反応を起こします。医薬品の場合は、メリットが主作用、デメリットは副作用と呼ばれます。健康食品はメリットである主作用が証明されていないか、もしくは乏しいから医薬品として認められないのですが、副作用がないという保証はどこにもありません。

 私の患者さんの中にも、原因不明の肝機能障害や腎機能障害があって、健康食品を止めてみたら、それが治ったという方は少なからずおられます。そうした場合、たいていは、勧めてくれた人も飲んでいてとても具合が良いと聞いていたので疑いもしなかった、とおっしゃる方が多いように思います。しかし、他人の身体と自分の身体は、同じではありません。

 今回は、効果効能や副作用がはっきりしている医薬品を例にとって、何がいけなかったのかを解説しますが、健康食品にせよ栄養剤にせよ、基本的な理屈は同じだと思ってください。

 医薬品の副作用には二つのパターンがあります。一つは、長期間使用すれば誰にでも必ずといっていいほど生じるもの。もう一つは、長期間用いても生じない人が多いが、一部の人にはひどい症状や変化となって現われるもの。この二つです。

 例えば、多くの鎮痛消炎剤は、長期に用いると皆が胃潰瘍になってしまいます。だから、普通は胃酸を抑える薬を併用します。しかし、蕁麻疹や骨髄抑制や肝障害はでる人にはでますが、でない人には全くでません。また、抗生物質を使い続ければ、菌交代現象は誰にでも必ず起きますが、ショック、蕁麻疹、骨髄抑制などは、一部の人にしか生じません。普通の抗がん剤を使い続ければ、全員に骨髄抑制を生じますが、間質性肺炎は一部の人にしか生じません。

 医薬品には取扱説明書が添付されていて、それを読むと、ほとんどの薬の副作用は、高頻度で発生するものと、稀にしか発生しないものに分けて記載されています。高頻度に発生するものは医者も患者も注意しやすいのですが、稀にしか発生しない副作用が、むしろ「クセモノ」です。

 通常、高頻度で起きる副作用は、主作用の裏返しのようなものであることが多く、まれにしか起きない副作用はアレルギー反応が絡んでいることが多いと思います。このアレルギー反応は、発熱であったり皮疹であったり骨髄抑制であったりしますが、簡単に言うと普通の食べ物に当たる人と当たらない人がいるのと基本的には同じ理屈です。

 そして、たまたま免疫力を低下させてしまうアレルギー反応が起きてしまった場合に、「病気が急速に進んでしまった」という、とても残念なことが起きたのだと考えています。

 およそ医薬品と呼ばれるものの多くは、説明書を詳しく読むと、白血球(顆粒球)減少症やリンパ球減少症、血小板減少症などの骨髄抑制が副作用として起こりうるとされています。骨髄は免疫の大事な工場です。医学的に調べられるのは数だけなので「減少」という表現にしかなりませんが、数の減少がない場合でさえも、質の低下が起きることはあると思います。

 食品といえども結局は分子構造物です。薬品よりは頻度は低いかもしれませんが、このようなアレルギー反応は必ず一定の頻度で起きるでしょう。そして、医療施設で薬品を用いる場合は、副作用をチェックしながら投与されますが、免疫療法は副作用が出にくいように少なめの量を使う場合が多く、患者さんが症状を訴えない限り検査もなしに、漫然と使用されてしまうだろうと思われます。

 そして、怖いことですが、免疫療法後にがんが進行していても、無効という判定にはなっても、有害という判定はされずに処理されてしまう可能性が高いと思います。実際、私が経験した「やらなければよかった人たち」は、私の外来を再診するまで、検査を受けておらず、がんが進行していることに気づいていませんでした。

 がん治療で悩んでおられる方は、どうしても気持ちが弱くなりがちで、端から見ると、芳しくない話に引きずられ易くなってしまう場合もあるかもしれません。しかし、良い結果になる可能性はほとんどないのに、時々とても悪いことが起きているというのが現実です。オンコロジーの同窓生の皆様におかれましては、「免疫を高める」という謳い文句の薬品や食品の使用には呉々もご注意いただきたいと思います。